好きなもの

「好きなものがわからない」悩みまくって気づけた「好きなもの」の本質

ライター:沖 明香

「好きなものをやりなさい、勉強はしなくていいから」

これはわたしが小学生のころ、父から言われた言葉。

この言葉を聞いて思うことは、きっと人それぞれかもしれません。あのころ小学生だったわたしは、どうだったかというと。

さやか
さやか

好きなものかあ、、、なんだろうなあ。もうなんで毎回いつも自分で決めなきゃいけないんだろ。将来とか全然わかんないしなあ。あーあ、わたしもなんかこれやりなさいって、決まったレールがあれば、楽なのになあ。。。

とか、内心思っておりました。

しかしこの言葉を聞いたときから、わたしの長きに渡る「好きなものがわからない」迷走期は、静かにはじまっていたのです。

「好きなものがわからない」迷路にはまりこんだ私は、振り返ると白目むきそうになるお金と時間とエネルギーを「好きなもの探し」に注ぎ込んでいきました。

そのなかには、これ好きかもしれないと思いやってみるものの、たいしてそうでもなかったものや、ずっと「わからない」と思っていた好きなものは、20年以上自分の身近なものとしてあったのに、つい最近まで気づいてなかったことも。

さやか
さやか

気がつけば好きなもの探しに関して、総額600万円くらいはかけてたよ。びっくりですわ。

でも、そのおかげで「好きなもの」と「ニセの好きなもの」との違いや、「好きなものがわからない」の「わからない」がうまれる理由などを理解していき、今はその「好き」を全肯定して楽しんだり、仕事にしつつあります。

今回はそんな迷走話ふくめ、好きなものがわからない難民のみなさまに、わたしが好きなもの探しに、20年と600万近く費やして、ようやく分かった「好きなものがわからない」となる理由。

さらに本当の好きとニセモノの好きの違い、好きを仕事にしたいと考えたときに気をつけたいこと、など「好きなものがわからない」にまつわるエトセトラをお伝えします。

読んでいただくなかで、自分の好きなものに気付けるヒントとなれば、心より幸いです。

  1. 始めに言葉ありき。ということで抽象的な「好き」はまず具体的にしてみる
  2. 「好き」は外的に左右されればされるほど、わからなくなるもの。
    1. パターン①:条件ありきの好き。好きというものに「付加価値」や「生産性」を求めている。
    2. パターン②:その「好き」をすることで、他者に認められる、喜ばれる、評価されるなどの承認欲求を満たすための道具にしている。
    3. パターン③:「好き」を無意識に封印、ダメなものとして抑え込む。
  3. 自分の中心で、好きをさけぶ。好きなものを見つけるには、まず自分自身について理解すること
    1. ヒント①:子どもの頃にひたすら夢中になっていたものは何だったかを書き出す
    2. ヒント②:お金や時間を注ぎ込んでやっていたものを書き出す
    3. ヒント③:まわりの人に、自分自身について「すごい」「びっくりする」「素敵と思う」ところはどこかを聴いてみる。
    4. ヒント④:自分の嫌いなもの、やりたくないものを書いてみる。そしてそれをやめる。
  4. やっぱりずっと好きでした。ほんものの好きとニセモノの好きの違いは、とても明確なもの。
  5. 好きと仕事、一体どっちが大事!?そうなる前にそれぞれの性質を理解しておく
  6. 好きの本質は、目に見えない。だからこそ自分を信頼してハートで感じよう

始めに言葉ありき。ということで抽象的な「好き」はまず具体的にしてみる

好きの定義を明確にする

さて、そもそも「好き」ってどういうことなのでしょう。

「好き」って1人ひとり違うもので、さらに状態や感覚を表すものなので、どうしても共通の定義で認識していないと、それぞれの解釈になってしまいがちです。

この「好き」ということの定義を明確にしておくことで、自分の「好き」を見つけたり気づいたり認めたりするうえで、判断基準になるので実はとっても大事なんですね。

なので、ここであらためて「好き」ということと、「好きなもの」という定義についてまず確認しておきましょう。

【好き】出典:デジタル大辞泉(小学館)

●心がひきつけられること。気持ちにぴったり合うさま。

【もの】出典:goo国語辞典

● 空間のある部分を占め、人間の感覚でとらえることのできる形をもつ対象。

㋐物体。㋑商品。また、その質。品質。㋒着物。衣服。㋓食物。

と、ちょっとこれだと分かりにくいので「好きなもの」の再定義してみます。

【好きなもの】

① 理由はわからないけれど、その対象に対して心がどうしようもなく惹かれてしまうもの。

② それに関わっているだけで、心がうきうき、幸せな、いい気分になるもの、わくわくしちゃうもの。

③ 気づいたら時間を忘れて没頭しちゃうもの。お金やエネルギーをかけてしまっているもの。

④ 自分がそれによって、エネルギーが湧き出てくるもの。

こんなふうに定義を明確にすると「好きなもの」って、とってもシンプルな感じがしませんか。これに当てはめていったら、好きなもの、なんて実はたくさん見つかるような気がしちゃいますよね。

でもなぜか、それが「わからない」と思っている人は本当に多いです。(わたしもそうでしたが)

わからなくなる原因をひもといていくと、実は「わからない」と思い込んでいただけで、ほんとは好きだったのかも、というのが見えてくることがあります。

逆に「好き」だと思い込んでいたけれど、じつは違ったかもなんてものも出てくるかもしれません。

「好き」は外的に左右されればされるほど、わからなくなるもの。

好きを迷う

さて、ここからは、好きなものがわからない人に当てはまる、いくつかのパターンをお伝えします。

そのパターンを知ることで、ほんとうにそれが好きなのか、そうでもないのか、自分を客観視でき、自分が「好き」という意味を複雑にしていたことに気づけるかもしれません。

パターン①:条件ありきの好き。好きというものに「付加価値」や「生産性」を求めている。

「好き」ってなにはなくともそのために夢中なって行動ができたり、時間もエネルギーを費やし、努力や探究を重ねることができます。それが結果的にすごい成果を出したり、世の中の役に立つことってありますよね。

でも、それは後からあくまでついてきた「結果」や副産物にすぎません。

しかし「好きなものがわからない」というパターンの中には、それがなにかの価値を持っていたり、生産性があるものだから「好き」と思っている場合があります

ほんらい好きなものは、自分が感じるものなので、〇〇だから好きという具体的な理由はいらないし、なにかの「価値」や「結果」を生み出さなくたっていいんです。

これってすごくシンプルなんだけど、とても大事な大前提なんですよね。

でもこの場合、好きなものの中に成果や生産性を求めることを優先してしまい、純粋に「好き」でいる状態が難しくなってしまいます。

しかも無意識にそうなってしまっているため、なかなかそれに気づけないまま、外に「好きなもの(役に立ちそうなもの)」を一生懸命探しに行く人が多いのです。

まさにわたしもそうだったのですが、わたしがこうなった過程では父親(家庭環境)の影響がものすごくありました。

父’S スペック
・料理人として海外で働いて日本に戻り、某超有名高級店で総料理長まで昇りつめる。
・社長候補としてマネージメントも任される。しかし料理がしたいからと最終的に独立。(子ども3人抱えながら新天地で起業)
・とにかく人生好きなことやりたいことをやる、な人。

子どもながら「好きなものをやる、やりたいことをやる」を地でいく、充実感をもって仕事で成功している、ということが伝わってきて、父はすごい人だ、って憧れてもいたんですよね。

けれど同時に、父をみながらいつのまにか「好きなものをやる」=「それで活躍すること」「成功すること」という強烈な思い込みが生まれていました。

無意識のうちに好きなものというのは、なにか役に立つものであったり、価値があるもの、生産性があるものでないと、と思うようになっていたのです。

さやか
さやか

子どもの家庭環境での親の影響とか考え方って、ほんとに無意識レベルでの影響力がすごい!

これが、まさにわたしの20年にも及ぶ「好きなものがわからない」の大きな原因になって、かつ「好きなものを仕事にせねば」の呪いになるとは思いもしませんでした(笑)

でもそもそも「好きなもの」の定義にもどれば、生産性がなくても、世の中の役に立たなくても全然良いんです、本来は。

「好きなもの」はただ感じて楽しめるものでいいし、理由だっていりません。好きな理由を説明できなくても、大丈夫です。安心してください。

なので、あなたもまず「好き」に余計な「価値」を求めていないか?「好き」にいろいろな理由をつけようとしていないか、いちど自分を振り返ってみてください。

〇〇があるから好き、これやっていると役に立つ、などを1つずつ外していったときに、よくわからないけれど、やっぱりなんか惹かれちゃうもの、やってしまうものってないか。

△△をやっている自分が素敵、モテる、自慢できる、評判がいい、社会的意義がある、そういうものを外してもなお、自分がやり続けるもの、心惹かれてしまうものはないか。

生産性や付加価値を取り外しても、やり続ける!と思えるものは、あなたにとって大事な「好きなもの」なはずです。

パターン②:その「好き」をすることで、他者に認められる、喜ばれる、評価されるなどの承認欲求を満たすための道具にしている。

褒める

子どもの頃、絵が上手に描けてすごいと褒められた。歌がうまくて才能あるねって褒められた。ピアノが上手と褒められた。

楽しくて夢中にやっていたことで、もしくはそうでなくて嫌々やっていても(笑)なにか自分がやっていたことで、そんな風に褒められたことってきっとあるのではないでしょうか。

さやか
さやか

他人が褒めてくれる、認めてくれる、とくに親がそう言って喜んでくれるってやっぱりうれしいもんだしね。

ただ、それがいつの間にか「好き」がそれを得るための道具になってしまうと、最初は純粋に「好き」でやっていたことでも、それが「好きなもの」なのか分からなくなることがあります。

「好き」と「承認欲求」がセットになってしまって、こんがらがるパターンです。とくに自己肯定感が低い人などは、けっこうハマりやすいかもしれません。

「好き」って本来は他者目線、他人の評価がいっさい必要ない、あくまでも「自分の内側で感じる」もの。

でも、そこに他人の評価を求めるようになると、他者の基準でそれが良い、悪いと判断されることで行動をしてしまったり、他人を喜ばせるためにやりだすようになるのです。

当然その「好き」は他者の評価によって、左右されるようになります。 そしてそれをすることに対して他者からの「見返り」も求めるようにまでなるかもしれません。

そして「感じる」ことよりも「考える」ほうが大きくなっていくと、だんだんとそれが「好き」なのか自分でもわかなくなってしまうのですね。

「好き」の主体は、自分自身がそれをやっていると、触れていると、わくわくするから、惹かれるから「する」んです。誰のためにするものでも、誰に言われたからするものでも、ありません。

やっているうちに、それが誰かのために、社会のために、となっていたり、誰かに喜んでもらえるからすると、順番が逆になってないか?をいちど見つめてください。

なにかをやろうとするとき、褒められなくても、認められなくても、やるだろうか?やりたいだろうか?

または最初は楽しくやっていたはずなのに、途中でやめてしまったものはなかったか。それはなぜだったのか?

そういえば、ほめられなくても、認められなくても、なんかこれに惹かれて、夢中になってよくやってたなあ。こういうことよく考えてたなあ、というものも思い出すかもしれません。

それはあなたの本来の「好き」の原石かもしれないです。

パターン③:「好き」を無意識に封印、ダメなものとして抑え込む。

ダメなもの

これは、幼少期に自分の好きなものを親や誰かに否定されたり、禁止されたり、とにかくそれには価値がない、ダメだと思い込んでしまうときに、とくに起こりやすいです。

こんなことやっちゃダメ!って言われたり、そんなつまらないことやっているの?とか、小さい頃に周りから言われたことって、そのまま素直に受け取っちゃうんですよね。

また自分には理解できないけれど、その人にとっては好きでたまらない、夢中になるものってありますよね。

でも、それが理解できない、もしくは世の中や社会的、または親の価値基準的に「よろしくない」「変わってる」と思われてしまうものもあって、好きだって言えなくなることもあります。

そうなると自分の「好き」ってダメなんだと、無意識レベルで抑え込んで分からなくなってしまうことがあります。

わたしは子どもの頃から、理由はわからないけれど、スピリチュアルやマインドについて興味があり、中高生のときにはスピリチュアルな本を読んでいたり、大学生でヒーリングを習いに行ったりしていました。

社会人になってからも、吉方位やカードリーディングなどを習ったり、いろんなワークショップに行ってみたり、それこそ20年以上学んだりしていて、おそらくそれだけで総額200万円以上使っていましたね~。

さやか
さやか

それにも関わらず、堂々とこれが「好き」とは言えなく、というよりそれが「好きなもの」とすら気づいてなかったのでございます。。。

当時は、占いですら雑誌の後ろの方の星占いコーナーがあるくらいだったし、ヨガもまだまだ市民権はなく、マインドフルネスという言葉は日本にはなく、瞑想はインドで修行でもするの?的なマニアックな領域。

ついでに某カルト集団が事件起こしちゃったこともあり、マインドとかスピリチュアルとかに興味がある、なんて言おうものなら、まあ、たいへん。今の時代はほんとうにびっくりするくらいそういうものに寛容になっています(笑)

そんなわけで、「価値があるものでないといけない」×「おおっぴらに人には言えない」が重なったこともあり、これだけやっておいて長いことわたしの「好き」認定がおりていませんでした。

周りから良いイメージを持たれていなかったり、自分でもたいしたものではないと思っているうちに、それを好きなもの、と気づけなくなる、もしくは認めなくなっているものってけっこうあるもの。

昔よくやっていたのに、親や誰かからダメって言われたり、からかわれたりしてやめてしまったことはないか。

人に言えないけれど、こういうことをよくやっていたことはないか。まわりを気にしたり、これって変なのかなって思って、やりたい気持ちを抑え込んでしまったものがないか。

あなたも、ずっと昔から心惹かれるもの、気になってやってしまうこと、没頭していること、夢中になっていたこと、時間もエネルギーをかけても惜しくなくて、やっていて楽しいことはありませんでしたか?

じっくり胸に手を当てて、思い返してチェックしてみましょう!

自分の中心で、好きをさけぶ。好きなものを見つけるには、まず自分自身について理解すること

好きを楽しむ

ここからは、自分の好きを見つけていくためのいくつかのヒントについてお伝えしていきます。

好きなものを見つけるときに、もっとも大事なことが「自分を知る、自分を振り返る」そのために「時間をしっかりかける」ということです。

これは、本当にとてもとても大事なことです。外に探しに行く前に、自分の中をもっと探っていきましょう。それが実は自分の好きを見つける近道なんです。

好きは、どこまでいっても「自分の内側の感覚・状態」なので、好きなものは、自分の「外側」にはありません。

けれど自分がこれをやっているときに、手にしているときに、どう感じているんだろう?どう思っているんだろう?ってなかなか日常の中でチェックってしないですよね。

自分のことは自分がよくわかっている、知っているという人ほどわかっていないことがあります(経験者は語る)

「好きなものがわからない」で悩んでいるのであれば、それは、そういうものやことが見つからないというよりも「自分がどう感じているのかわからない」「自分のことを知っているようで知らない」ということが大きいのです。

というわけで、「自分を知って自分の好き」を見つけるためのヒントをこれからお伝えしていきますね。

ヒント①:子どもの頃にひたすら夢中になっていたものは何だったかを書き出す

夢中な子ども

子ども時代に夢中になっていたものは、純粋に「好き」の感覚に従っている状態でやっているので、「好き」の原型がそこにあることが多いです。

・子どもの頃、よくしていた行動について書き出してみる。

絵を描く、漫画を読む、運動をする、観察をする、パズル、ゲーム、謎解き、模型を組み立てる、シール集めなど、動物、車、恐竜の名前を覚える、などなにか体を動かしてやっていたもの、見ていたもの、調べていたものはないか)

・さらにその中で、その「物」に対して夢中になっていたのか、それともその「行為」「状態」そのものに夢中になっていたものをキーワードとして抜き出してみる。

たとえば、物ならば「人形、コイン、切手、盆栽、などなど」
行為、状態なら「集める、創る、描く、組み立てる、編む」とか

明確な「モノ」があるときはわかりやすいのですが、行為や状態そのものが好き、もしくは全体の中の一部分が好き、とか実は細かなところが自分にとっての好きポイントであったりすることもあります。

その場合ちょっと分かりにくいところもあるので、できりだけ制限を取り払って枠を広げて見直してみると、好きに通じる「ポイント」がみえてくることがあります。

パズルでよく遊んでいた⇒パズルのなにに面白さを感じてたか?

・謎解きのようにピースを考察してはまるのが楽しい

・美しい絵が出来てくる過程が楽しい

・ひたすら無になって集中できるのが楽しい

・難易度が高いものを攻略する感覚が楽しい

・ゼロから物質が創られる様子が快感などなど。

ひとつの行為のなかでも、自分が「好き」と感じている部分はじつは様々に違います。またこういう場合は、その「物」でなくとも、その状態になれるものであれば「好き」ということなのです。

子どもの頃に夢中になっていたことには、「好き」につながるヒントが満載なのでぜひ振り返ってみましょう。

ヒント②:お金や時間を注ぎ込んでやっていたものを書き出す

お金と時間

好きなもの、というものは、自覚していようがしていまいが、とにかく時間もお金も情熱もかけれちゃいます。

ライブ好きの人やアイドルの追っかけとかも、それがどんなに遠かろうが、グッズにお金がかかろうが行く、買うむしろそのためになら仕事がんばれる、とかまさにそんな感じですよね。

どこによりお金と時間を使えるかは、そのひとがなにを重要としているかと一致します。

他人からみたら、なんでそんなのに?というものだろうが、好きなものには惜しみなく出せてしまうものなので、今までのなかで、これにはお金をとてもかけていたな~というものをどんどん書き出してみてください。

誰のためでもなく、なにかに役に立つなど関係なく、ただただ「自分のため」に使っていたと思うものを書き出す。

また時間も同様で、長い間かけてずっとやってしまうもの、ずっと続けてやれているもの、なども、あなたの「好き」がそこにあることがあります。

わたしは「書くこと」そのなかでも「考えや想い」を記録するまとめメモというのを10年以上続けています。

毎日のなかで、ふと考察したこと、気づいたことをノートにどんどん書いていくことを、ほぼ毎日10年以上欠かさずにやっているのですが、それをするのは私にとっては自然なことだったので、それが「好き」に繋がっているとも思っていませんでした。

でも、これって「考察したこと、感じたこと」を文章にして整理して書いて表現するのが好きということに繋がっていたんですよね。

自分にとっては、長い間ずっと続けているもの、やれているものは、あなたの「好き」である、もしくは「好き」に繋がっている可能性がとても高いです。

なので、日常の中であたり前にやっているけれど、ずっと時間をかけているものがないか自分を振り返って書いていきましょう。

ヒント③:まわりの人に、自分自身について「すごい」「びっくりする」「素敵と思う」ところはどこかを聴いてみる。

笑顔の女性

自分にとって当たり前すぎること、逆に自分では完ぺきではないと思い込んでいるものって、実は他人にとっては全然「あたり前」ではなかったり、十分すごいことである、ということがあります。

でも本人はこれやっている人なんて、上にはうえがいるし、わたしなんて全然大したもんじゃないんです、というような過小評価してしまっていたりすることがあるんですよね。

「好きなもの」も、自分にとっては好きだから、時間やお金エネルギーを膨大に書けて、ごく当たり前にやっていることもあって、他人からみたらそれは「すごい」「びっくりする」ことだったりします。

でもそうすることは自分では自然なことなので、それが「好き」と自覚できないこともあるのです。

そういう場合、他者にそれを表現することによって、これってもしかしたらあたり前じゃないのかも、と気づくきっかけになります。

好き、は何回も言っていますが、あくまでも内側の感覚で感じるものでもあるので、「好き」の定義を意識して自覚しないと、自分の好きを認識しないこともあるのです。

なので、やってみるとよいこととして

まわりに自分のことについて「すごい」「すてき」と思うことはどんなところか?を思い切って聞いてみる。

自分にとっては当たり前にやっていたことでも、聞いてみることで客観的に、自分はなぜそれができるんだろう?どうしてそうするんだろう?など分析してみる。

それらのなかで、自分の「好き」につながるキーワードを拾い出す。

これはなかなか勇気がいることですが、自覚できていない自分に気づくには手っ取り早い方法です。

ヒント④:自分の嫌いなもの、やりたくないものを書いてみる。そしてそれをやめる。

苦手なもの

自分の好きなものがわからない場合でも、その反対の嫌いなもの、やりたくないことというのはわかる、ということは多いです。

人の思考はもともとがネガティブなことを考えやすくなっているので、ネガティブな気持ちの方が自覚しやすいんですね。

物事は表裏一体なので、嫌い、やりたくないと思うことを書きだしたら、今度はその反対のことを書き出していきましょう。

これも細かく書けなくても、抽象的な感じでいいのです。

その嫌いなもの、やりたくないものの裏側には、自分の好きなもの、やりたいことのヒントが隠れています。嫌いの反対は好きだからです。

直接的な「好き」がすぐわからなくても、自分自身についての理解につながっていきます。また自分の「心地よい」と感じることもわかっていきます。

これをできるだけ出して、心地よさを追求していくと自分の「好き」に繋がっていくし、逆に「嫌い」と思うものをやめていくと、ストレスも減って自分に力が戻ってきます。

また「好きなものがわからない」という場合、自分の嫌いなこと、やりたくないことばかり実は我慢してやっていて、それが積み重なるうちに、好きなものを感じる余裕がなくなっている、ということもあるんですよね。

「好き」を感じる心を取り戻すためにも、嫌いを手放す、やめながら、その反対のものを自分の生活の中に増やしていく、というのも「好きなもの」に気づく感度が高まるので、とってもおすすめです。

やっぱりずっと好きでした。ほんものの好きとニセモノの好きの違いは、とても明確なもの。

可愛いハート

本当の好きとニセモノの好き、というのは実はとても明白です。

本物の好きはさまざまな外的メリットが全部なくなったとしても、選んでしまうもの手にしてしまうものです。理屈なく条件なく、そのものに惹かれます。

さやか
さやか

それ自体はとてもシンプルで、むずかしいのはそのメリットを好きであることに気づくことと、と認めることのほうなんだよね。

さらに外側にずっと探し続けている場合、頭で好きをつくりあげてしまう可能性があります。

役に立ちそうなもの、価値がありそうなものを自分の好きなものとして扱おう、とする感じです。順番が完全に逆になっていたりするのです。

今までわたしがこれ好きかもしれない、ということでやってみたことに、保育士の専門学校へ通うなどもありました。

当時結婚していて、そのタイミングで元旦那さまは北海道へ転勤だったので、わたしだけ東京残って専門学校へ2年通ったのですが、学費と住まい費だけでこれまた300万円以上。

しかし入ってすぐに気づいてしまったのです。

あ、わたし全然やりたくない。子どもはふつうに可愛いけれど、この大変な仕事ができるほどの好きと熱意はないわ、と。

さやか
さやか

このときのやらかした感は、やばかった!

でも子ども好きっていい人そうな感じだし、子どもは社会にとって大事な存在だし、資格もあれば職にも困らなそうだし、と打算100%と頭で理由を考えだして、それに「好き」をかぶせていました。

あたり前なんですが、そういう頭で考えた「好き」ってまず続きません。そしてやっていても楽しくありません。大変なことあったらくじけて起き上がれません(笑)

好きかもしれないと思うものは、本当はそれそのものではなく、それがもたらす別の効用だったり、それに付随する条件だったりして、それを好きだと思ってしまう事もあるのです。

逆に、大変でやめてみた、嫌になって離れてみたものでも、けっきょく懲りずにまたやりだしてしまうもの、手にしてしまうものってあります。

なんだかんだ距離を置いても、結局「好きなもの」には自然と惹かれていくし、役に立とうが立たなかろうが究極的にはどっちでもよく、ほんとうに「好き」って理屈じゃないからです。

純粋な「好き」は、もしかしたらその理由をちゃんと語れないかもしれないですし、なんとなく、、、という感覚かもしれません。

でもそれが本物の好きだった場合、さまざまなメリットがなくとも、あなたはやってしまうだろうし、時間もお金もかけてしまえるし、やっているだけでエネルギーが湧いてきたりしているはずです。

好きと仕事、一体どっちが大事!?そうなる前にそれぞれの性質を理解しておく

好きと仕事

自分の好きなもので自分を楽しく幸せにしつつ、さらにそれが「仕事」にもなり、他人にも喜ばれるのであれば、幸せ感も喜びも何倍にもなりますよね。

だからといって、自分の好きを仕事にする!と決めても、実際やってみるとこんなはずではなかったと感じたり、うまくいかなかったり、好きが嫌いになる、なんてこともあるのではないでしょうか。

それって、そもそも「好きなもの」と「仕事」の性質は別物だ、ということを理解していないから起こるのかもしれません。

なので「好きを仕事に」で行動する前に、「好き」の性質や「仕事」の性質、そして自分が好きを仕事にすることが本当に必要かどうか、考えてみることが大事です。

「好きの性質」と「仕事の性質」ってどう違う?

「好き」はあくまで「自分の世界のみ」で完結させることがでる。
「仕事」にするのであれば、自分の世界のみではダメ。「他者との関わり」が重要になる。

「好き」は役に立たなくても、誰に理解されなくてもいい。
「仕事」にするのであれば、誰かにとって役に立ち、さらにその人たちにそれが「必要である」と理解してもらわないといけない。

「好き」は心で感じるものであるが、仕事は「頭」で考えるもの。

さらにさらに、「好き」を仕事にしていく過程には
さやか
さやか

自分の好きを「外に出してみる」「表現する」ことで、「自分の好き」が他者に対してどのような影響を持つかを知ることもめっちゃ大事になるよ!!

わたし自身の例でいうと、今まで自分を変えていくための「スピリチュアル・マインドについての知識・情報」「物事を考察する」ということを好きで収集・実験していたのですが、これが誰かの役に立つかも、という発想がそもそもまったくありませんでした。

わたしはその知識や情報を集めて、実験して分析することは、面白くて役に立つし好きだと思うけれど、わたし以外にこれを面白い、必要と思う人なんていないだろう、という感じ。

しかし、わたしがなにか自分の力で仕事をしたい、起業とかについて学びたいと思っていた矢先に、複数の会社のオーナをしているこいけんさんという方に出会い

【こいけんさんの記事はこちら】

彼の主催の起業塾に入ったときに、何度も繰り返し伝えてくれていたことがあったのです。

こいけん
こいけん

「自分の経験や体験したことで、他人の役に立ったり喜ばれることって必ずあるから」「すべての人に必ず素晴らしい才能があるんだよ」「今、できることからすればいいんだよ~」

最初はそんなものないよ、と思っていたのですが(笑)あまりに何度もみんなに伝えてくれるので、自分にもなにかあるかな?と考えました。

そこで、誰が必要とするのかはわからないけれど、今まで自分が今まで学んだマインドのこと、スピリチュアルについての知識、体験から気づいたことなら出せるかもと、ブログを書いてみることにしました。

そうしたらありがたいことに、たくさん読者さんが増えたりコメントしてくださったりしたんです。

さやか
さやか

自分が伝えたもので喜んでくださる方々っているんだ!ほんとうに自分の好きが誰かの役に立ったり、価値を生むことって可能なのかも、、、、。

自分の集めている知識や情報は、自分しか興味ないだろうし面白いと思わないだろう、と思い込んでいたので、これは衝撃の体験でした。

また私の場合はそこから「書いて伝える・表現する」ということ自体にも楽しさを感じて、誰かにとって役に立つ、必要としていることを書いて届けていくライターの仕事をしてみたいなと思い立ち、いま実際に学びつつライターの仕事も始めるようになっています。

気づいたら「マインド」「考察・分析する」「書く」の自分の「好き」が、いろいろに組み合わさって「価値」「役に立つ」を生み出すようになってきました。

でも、これらは「自分がどういうものを好きか」を理解して、それが仕事になるかならないかは関係なく、今できるところから「他人に対して表現してみる」ことで、はじめてわかったことです。

 

「好きなもの」というのは、本来は誰の役に立たなくてもいいし、認められなくても、自分がそれに対して「惹きつけられる」「エネルギーを注げる」「没頭する」「幸せになれる」ものであれば十分。

「仕事」にするのであれば、そこに「他人を喜ばせる」「役に立つ」「価値がある」ものを自らそこにつける、もしくは見出す必要がある。

「好き」と「価値」「役に立つ」は切り離して、それぞれ考えることが大切。自分だけで楽しめればほんとうは十分なのか、それをさらに他者のために役立てたいのかをしっかり見極めていくことが必要。

もし役立てたいと考えるなら、まず他者にそれを表現して反応を見てみる。どうやったら喜ばれそうか役立てられそうかを考えるプロセスを踏むと行動しやすくなります。

実際にただのボードゲームおたくから、ボードゲームソムリエとしてテレビ出演やら、企業の研修や講演会などで大活躍の松村君という友人がいるのですが、実際に好きを仕事にするプロセスが参考になるので、ぜひ読んでみてください。

【松永君の記事はこちら】

好きの本質は、目に見えない。だからこそ自分を信頼してハートで感じよう

好きなものがわからない

好きなものがわからない、と「好きなものづくり、さがし」にかなりの時間とお金とエネルギーを費やして回り道もたくさんしてきましたが、最終的にわかったことは、「好きなもの」って本当にとてもシンプルなんだということでした。

「好きなもの」は、ただ「好き」と感じるだけでいい。ただそれをするだけでエネルギーが湧いてきたり、自分の生活をより楽しく豊かにしてくれるものだ、ということ。

「好きなもの」は「外」にあるのではなく、自分を知ることで内側からわかるもの、だということ。

「好き」って目に見えない感情だからこそ、自分で自分をしっかり理解して信頼すること、頭ではなく感じることを大切にできることなど、自分を知ることが大事なんですよね。

さやか
さやか

じつは自分の好きなものがわからない人は、自分のことをよく分かっていないだけなのかもしれないね。

「好きなものがわからない」あなたも、日常の中で触れるものや体験することを、もう一度あらためて「好き」の定義にそって、自分は今どんなことを感じているかなと、いったん意識するようにしてみてください。

これをやっているときに、こんな感覚がする、こんな感じがする、心地よい、心地わるい、ということに気づけるようになると、「好きなもの」って日常生活の中でどんどん増えていきます。

また同時に「好きなもの」はこうでなければいけない、こういうことができなければいけない、こんな形でないといけない、という「〇〇でないといけない」という思い込みもどんどん外していけると、これも実は自分の「好き」なんだ、って気づけるかもしれません。

「好きなものがわからない」と焦って好きなものを外に探すのではなく、今ある日常の中にある、自分の小さな好きの感覚をたくさん感じて認めて、自分を理解しながら楽しんで増やしていってくださいね!

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