人生が始まるタイミングはいつも「現状不満足」からだった

グチだらけの会社員時代

会社員でも、ここからまた不幸が始まります。。

良かれと思って入った会社なのに、なんだか会社の上司たちがいつもグチばっかり言って、楽しそうじゃないんですよね。。

飲み会に行けば、お客さんへのグチ、業者さんへのグチ、会社へのグチ・・

いつもそんなことを聞かされて「だったら辞めればいいのに」と思いながらも、そこにい続けると、マインドが染まっていくんですよね。

じょじょに、自分も会社のグチとか、お客さんへの不満を言うようになってしまってたんです。

1年目から冬のボーナスには130万円ものお金がもらえるし、たくさんお金がもらえるのは嬉しかったけど、モチベーションはそれだけ。

昔はそれがめちゃくちゃ嫌だったし、仕事の中でもたくさんのガマンとか苦労とかが絶えなかった。

こいけん
こいけん

もちろん、たまに楽しいこともあったけど、
それよりも、不満の方が多かった気がします

それにね、社内を見回したら、自分の「10年後の姿」「20年後の姿」がはっきり見えてしまうわけです。

あんな風には、なりたくない・・・
自分の人生は、こんなものじゃない!

と。

そんな「現状不満足」を飛び出したくて、もっと営業のスキルを上げて給料を上げたら、社内で上を目指せるんだと信じ、初めて自腹を切って3万円の「営業スキル向上セミナー」的なものに行くことを決意しました。

こいけん
こいけん

めちゃくちゃ刺激的でした

そこには住宅の営業マンだけではなくて、いろんな会社の社長さんが営業を学びに集まっているんです。

そして、彼らの話がまたおもしろいんですよ。

それまでは、「セミナー」=「詐欺」とか、セミナーをしている人は、「ネットワークビジネス」や「宗教」の人と思っていた概念が崩れた瞬間でした。

セミナーで出会った人からお勧めされて、生まれて初めて「ビジネス本」「自己啓発本」なんかを読むと、そこには、自分の人生を楽しんでいる人たちのキラキラした姿がありました。

ちなみに、当時(2003年)、まず読んだ本は

◆ロバートキヨサキ 金持ち父さん貧乏父さん
◆高橋歩 人生の地図
◆本田健 ユダヤ人大富豪の教え
◆神田昌典 非常識な成功法則
◆斎藤一人 変な人が書いた成功法則

の5冊です。

もう、目から鱗、衝撃の連続でした。

こんな生き方も存在するんだ、、こんな世界があるんだ。。

これを知ってしまったら、今いる自分の状況がどんどんバカバカしくなって、あっという間に外の世界に出始めたんです。

今までは参加すらしていなかった、大学のOB会に出て、いろんな生き方をしている人に会いました。

そのOB会で、運命の出会いがあります。

年収3億円の美人女子大生との出会い

女子大生当時のうちのメンターになる
「めちゃくちゃ可愛い女子大生」

に出会ったんです。

彼女はすべてがケタ外れ、規格外でした。

  • 大学生なのに会社を数社所有して年収が3億だったこと。
  • 当時、アフリカに7億円をポーンと寄付していたこと。
  • 年収3億くらいなら、2年もあれば到達するなんてことを言っていたこと。
  • 日常になんの不満もなく、与える人で、本当に幸せそうだったこと。
  • 究極の自由は「ホームでも寝られるし、タワマンにも住めること」という名言。
  • 成功したかったら、捨てまくれと言われたこと。
  • お金持ちを目指さず資産持ちを目指せと言われたこと。
  • 成功したかったら、枠を広げて視座を上げろと言われたこと。

全部が自分の中にあった常識外のことばかりで、理解不能。

そのタイミングで、自分の勤めていた会社のことを知りたくて、インターネットで会社のIR情報を調べて衝撃を受けます。

なんと、当時の社長の年収が1億ちょっとだったんです・・・

こいけん
こいけん

え??女子大生に年収負けてるの??

この会社での最高峰を目指したところで、ただの雇われ社長でしかなくて、その年収には限りがあると知って、愕然。

世の中を見回したら、もっともっと上がいて、自分で会社をやっている年収数十億円の人たちがたくさんいることを知ったんです。

で、現状不満足が限界だったうちは、

「今すぐにでも会社から独立して、自分の人生を生きたい!!!」

そう思って、彼女に弟子入りを決意。

ただ、月額50万円を6ヶ月払うという、弟子入りの費用を払うのが条件でした。

当時からしたら、ありえない額の投資です。
でも、清水の舞台から飛び降りる決意でお金を払うことに。

「詐欺だったらどうしよう・・」という思いが頭をよぎったけど、自分の成長や、将来のワクワクを考えたら、飛び込まないという選択肢は考えられなかったんです。

おかげで、完全に腹がすわって「何がなんでも元をとる!」と行動をしまくって、独立を決意します。(そこから独立までは2年かかります)

初めのうちは不安と恐怖から、一生懸命寝る間も惜しんで発信をし続けたり、SNSで人とのつながりを作りまくりました。

独立するにあたって、「サプライズの企画会社を作る!」と決め、日本中の誰よりもサプライズに詳しくなろうと、検索で「サプライズ」と付くものすべてに目を通す毎日。

その中で、すぐに使えるサプライズのアイデアを求めている人が多いことに気づき、作ることにしたのが「サプライズのアイデア集」です。

そこからさらに発信、行動を続けて、色んな人に会いに行き、そのたびに勇気をもらい、そしてサプライズのアイデアを提供してくれる人とのやりとりも増えていき、じょじょに楽しくなっていきました。

「自分の作る商品を手にしてくれた人が、どんなに喜んでくれるのかな?」

と考えると、どんどんワクワクが増えていくんです。

そして、1日3時間睡眠で「サプライズのアイデア集」が完成。

サプライズアイデア集

そうこうしているうちに、発信を続けていたブログ(当時のSNSだったGREE)がバズってアクセスが増え始め、1回記事を書くと1000件もコメントがくるブログに育っていきました。

こいけん
こいけん

なぜそうなったのか?究極の秘訣は後ほどお伝えします

ただ、いつも不安はつきまとっていました。

でも、それでも思い切って、勇気を振り絞り、会社を退職。

仕事をやめた次の日、信じられないくらい空がキレイで、心が解放されて、久しぶりに周りの風景をゆっくり見られたのが忘れられません。

空

これからは、好きなことを好きなだけしても、誰にも文句なんて言われない。
もっともっと好きなことをしまくろう!

そう思い、大好きだったスノボがしたくて、ニュージーランドに1ヶ月の旅に出ました。

そして、その旅の途中・・・

これまで一生懸命つくり続けていたサプライズのアイデア集が、初めて売れたんです!!

「3900円」

たったの3900円だったけれど、イヤなことをガマンして、自分にウソをつき続けてもらっていた給料の100万円より、ずっとずーっと嬉しかった。

今でも、その時の入金メールは初心を忘れないように取ってあります。

好きなことで、自分が創り出した価値でいただいたお金って、好きでもないことで稼ぐお金の何倍も、何十倍も価値があると気づいたんです。

それからの行動力はすごかったです。

3年後には月商が1000万円を超え、4年後には会社を社長に任せて、自分はまた新しい会社を立ち上げ、会社の数はどんどん増えていって、オーナーの立場になることができました。

・・・・・

と、ここまでがザックリの物語です。

人生をスタートすることは、どんな年齢だって、どんなタイミングからだって、誰にだってできることです。

ただ、その面白さとか奇跡に気づいて、自分自身を変えていこうとする「決断」「決意」ができるかどうか?

自分の人生に自分自身で希望を持って、勇気を持って動き出すことができるか?

なかなかできないことですよね。

こいけん
こいけん

当時のうちもそうだったので、気持ちはよくわかります。笑

だから、ここからは、実際に動くときに、

「どんなことを考え、どんなことをポイントにしていけばいいのか?」

経験談も踏まえながら、お伝えしていきますね。

ビールを飲む人

こいけん

こいけん

大手住宅メーカーの営業マンから、まったく関係のない「サプライズ」で起業。その後、数々の会社を立ち上げる中で、どうしたら「時間的自由」と「経済的自由」そして「好きなことをする」ことを一緒に実現できるのかを試行錯誤してきました。 現在は大好きなことを仕事にできる人を増やすべく、コンサルティングや起業塾を運営。 ビールとおっぱいをこよなく愛する、自由人です。稼げるビジネスモデルをつくるのが趣味です。オーナー会社含め9社の創業者。

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