人生が始まるタイミングはいつも「現状不満足」からだった

「あー、今日もまた外回りかー、めんどくさいな、、」

そんなことを毎日のように思っていた住宅メーカーの営業マン時代。

つまらない毎日を脱却して、成功したい・・

多くの人が一度は思うことではないでしょうか?
うちも、その一人でした。

こいけん

こんにちは、こいけんと言います

サラリーマン奴隷を辞めて、はや十数年。

おかげさまで今は、事業の数も14を超え、個人のエンジェル投資家としても、おもしろい若者の会社12社に出資ができる立場になりました。

去年は生まれて初めての事業売却も経験してます。

数多くの会社を持っていたり経営してますが、働いている時間は、サラリーマン時代の半分〜3分の1以下になって、

好きな時に、好きな人と、好きな場所で働くというライフスタイルも手に入れてしまいました。
友だちも多く、毎日が幸せです。

こいけん

こう聞くと、めちゃくちゃムカつくやつ、と思われそうですがw

でも、わずか十数年前まで、うちも普通のサラリーマン、いや、むしろ、どっちかっていうと、しょぼい部類のサラリーマンでした。

それなのに、どうやって今の状態まで来ることができたのか??

ほんの数年、人生を変えようとがむしゃらに動けば、誰だってステキな状態を手に入れることができます。

そんなことを伝えたくて、この記事を書かせていただいてます(^^)

人生って、ホント面白いんですよ?

だってね、幼少の頃から成長していく過程で、その時、その瞬間に感じていた「不足感」や「不満」や「不平」や「不安」。

この数々の「不」つまり、マイナスがなかったら、今の状態なんて存在しないんですから。

過去の数々の「マイナス」がなかったら、今、あなたとこうして(文字越しですけど)出会うことだってなかったんです。

そういう意味では、この文章を読んでくれているあなたも、今までのマイナスを経て、タイミングが合ったからこの文章を読んでいるのかもしれません。

お互いのほんのちょっとのタイミングがずれたり、過去のどこかのボタンがちょっと掛け違えていただけで、この出会いはなかった・・

こいけん

そう考えたら奇跡ですよね(^^)

でね、この「マイナス」から人生を逆転させて、すべてが満たされるステキな状態になっていくまでの奇跡を感じてもらうために、ちょっとだけ、うちの物語にお付き合いください。

物語を読んだのちには、

あなたがこれから、どんなステップで、どう人生の変革を起こしていけば、圧倒的なレベルで成功をすることができるのか??

そのマインドからノウハウまでの全てをお伝えさせていただきますので、楽しみにしていてくださいね(^^)

不満や不足、不安や疑問だらけだった子供時代

うちの親父は、うちが20歳の頃に肝臓のガンで亡くなりました。

当時は気づいてなかったんですが、今だからこそ、彼がたくさんのステキな考えや力を与えてくれたこと、めちゃくちゃ感謝しています。

うちの親父は、当時から飲んべえで、毎日のようにいろんなお店で飲み歩いては、家に「知らない人」を連れてくるクセのある、変な人でした。

こいけん

毎日家に帰ると、知らないおじさんがいたり、
朝起きたら、リビングに知らない人が寝てるんです。笑

で、うちの間取りっていうのが、リビングを通らないと、自分の部屋に行けない仕組みだったから、必ず知らない人とおしゃべりをしなくちゃいけない状況になるんですね。

たくさんの大人たちと話していると、だんだんですが、人と喋ることや、人に質問する力がついてくるんです。

「今のお仕事は?」
「なぜその仕事をしているんですか?」
「今の楽しみってどんなことですか?」
「成功しているとしたらその秘訣は?」
「どんな失敗をして、そこから何を得たんですか?」

質問をして、話を聞いてあげればあげるほど、人は喜んで色んなことを話してくれるようになるんだと気づきました。

でも、やっぱり知らない人が家に来るのは嫌なんです。

そんなことをおかんと話すと、おかんも
「嫌んなっちゃうねー」
なんてことを言うんだけど、母も母でピアノの先生をしていたので、お昼から夕方は毎日のように、同世代の女の子が家に来るんです。

で、月一で必ず、大人数の女子だらけの誕生日パーティに座らされて、みんなにジュースを注いだり、ケーキを取り分けたりしてました。

こいけん

当時は、これも嫌で仕方なかったです

だって、小学校高学年とか中学生の時なんて、男子はイキりたいわけですよ。
女子と遊ぶなんてダセーと。

さらに、そんなおかんの口グセは
「我が家はとにかく貧乏だから・・無駄遣いダメ、貯金しなさい」でした。

子供の頃はそれを信じ切っていたので、毎週日曜日の外食の日には、気をつかって「一番安いものを頼まなきゃ」なんてことを考えて、いつも親の顔色を伺う人間になってしまいました。

※よく考えたら、毎週外食してる時点である程度は裕福ですよね。笑
親父が死んでから分かったのが、彼は年収2500万ももらってたんです!

でも、親から貧乏だと言われ続けたらそう思っちゃうじゃないですか。

あるとき家でチーズフォンデュが出た時なんて、

「ああ、我が家は本当に貧乏だからこんなパンの切れ端を工夫して食べるしかないんだなぁ・・」

と思ったりしてましたから。笑

だから、子供ながらに「自分はいつかお金持ちになって、親たちみたいな状態にならないんだ!」と、いつも思ってました。

上京して自由になった大学時代

そんな思春期、うちは、考え方や行動を色々と制限され続けていたので、

「さっさと家を出たい!!」

と大学受験をして、当時住んでいた地方都市から飛び出し上京します。

一人暮らしを始めて、心からの自由を感じるようになるんですけど、育った環境から得たスキルってすごいですね。

親父、おかんから与えられた(嫌だと思っていた)知らない人とのコミュ力の「おかげで」、誰にでも声をかけることができるようになってたんです。

質問をすることで話を盛り上げたり、女子に気配りをするクセで、人に声をかけたり、女子に対して全くブレーキがなかったので、モテました。

そう、大学時代は、ナンパや合コンとかが趣味になりました。

こいけん

おかげでいい思いもたくさんしました♡

一人暮らしの家には、毎日のように友達が遊びに来て、歯ブラシの数は最大40を超えてるような状態。

常に、みんなにおもてなしをして、喜んでもらうのも楽しくて、当時バイトをしていたファミレスから、廃棄の食材をもらって帰っては、みんなに振る舞ったりもしてました。

これは、子供の頃に見ていた、両親の「人をもてなす姿」を見ていたので、そうするのが当たり前になっていたんですね。

こんなに自由になった大学生だから、なんだか自由に、独立したり、フリーランスとして生きていくのかな?と思いませんか??

ですが、両親からもらった呪縛はすごくて。

「いい会社に行け」と、昔から言われ続けたことが正しい道だと思いそれだけが正義だと信じ、一部上場の大会社への就活を始めてたんです。

初めのうちはぜんぜん面接にも通らないんですけど、じょじょにコツが分かり始めて、

「ナンパが趣味です」

というロジックだけで、入りたかった住宅メーカーの内定を取りまくりました。

「ナンパと営業は同じだと思うんです。どれだけ声をかけても折れない心と、人にフラれても、何度でも工夫を繰り返す力が身に付いているので、営業は間違いなくうまくいくと思ってます。試しに雇ってみてください」

こんな強気の発言で、どのメーカーでも気に入られて即採用なんてことが続きまくりました。

おかげで、一部上場の中でも、日本一の住宅メーカーに就職します。

ビールを飲む人

こいけん

大手住宅メーカーの営業マンから、まったく関係のない「サプライズ」で起業。その後、数々の会社を立ち上げる中で、どうしたら「時間的自由」と「経済的自由」そして「好きなことをする」ことを一緒に実現できるのかを試行錯誤してきました。 現在は大好きなことを仕事にできる人を増やすべく、コンサルティングや起業塾を運営。 ビールとおっぱいをこよなく愛する、自由人です。稼げるビジネスモデルをつくるのが趣味です。オーナー会社含め9社の創業者。

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